「我が血は軍、個にして群体」
射干玉のような暗闇の中、襤褸切れのような外套に身を包んだ少女は小さく唱える。足元から伸びる血液は墨汁のように黒く、およそ人間のものとは呼べないものだった。
「死なずの骸よ、外敵を屠る悪魔の軍勢よ」
広がり続ける血液が室内の床を覆いつくしていく。床だけではない。重力に逆らって血液の海は壁を這いずり、やがては天井までも覆いつくしていく。
そのときだった。周辺の壁もろとも扉を破壊し、雷光を身に纏う一体の巨大な獣が彼女の空間に入ってきたのは。
『ようやく見つけたぜ!!』
獣の背後からスピーカーを通して誰かの声が聞こえたが、少女はただゆらりと頭を上げて静かに眼前の敵対者を見るのみであった。
『おい……無視してんじゃねぇ!!』
怒りに目元を歪ませた獣が一歩、黒く染まった室内へ入るその瞬間。部屋を覆いつくす血液から突如として幾多の槍が突き出した! 即座に放たれた雷撃が槍を撃ち落とすも、床から現れたノコギリ状の刃が右前足に深々と突き刺さる。毛で覆われた表皮を引き裂き内部の肉が露出する。溢れた血が周囲の黒と混ざり合ったかと思えば更にそこから無数の刃が出現し、獣の身体を傷つけ始めていく。
狂ったように吠え猛る獣は血まみれのまま発生源の少女に稲妻を向けるが、それすら血液の壁に遮られて届かない。
『クソッタレ!!』
「へぇ、仲間がいるの?」
『あ?』
ゆっくりと立ち上がった少女は磔刑に処された獣を見て、そう呟いた。
「UGNエージェントにして起源種。“墓所の番人”グリム。それが君の名前なのか」
『なんでお前……』
驚愕に目を見開くグリム。その様子を見て、少女は薄く、妖艶な笑みを浮かべた。
「そして仲間はスプートニク。なるほど、彼は君に自分のことをほとんど話していなかったようだね」
『ブラッドリーディング…』
小さく聞こえた言葉に対し、少女は首を振る。
「それだけじゃないよ。でも、せっかくここまで来てくれたんだ。全部の情報を抜き終わってもまだ生きてたら教えてあげるよ」
露出した筋組織を引き裂かれてグリムは呻き声をあげた。飛んだ返り血が外套を汚す。
それでも少女は手を止めない。傷口を小さな手でなぞり、血の刃でじっくりと広げていく。少しずつ肉を削ぎ落すその行為は、凌遅刑と呼ばれるものにとてもよく似ていた。
『や、やめ……!』
「時間はたっぷりあるからね。少し僕とお喋りしようか」
獣が最期に見たのは、自らが破壊した壁が血液によって黒く塞がれていく光景だった。
“アイアンメイデン”ローラ・バートリ