人気のない路地の中、酷くノイズの混じった音が黒い犬の首にかけられたポータブルラジオから流れている。隣を歩くその男は、この雑音が“鼻歌”であると気付くのに数秒の時間を要した。
「どうしたグリム? 随分とご機嫌じゃないか」
男が犬に語り掛けると雑音が止む。グリムと呼ばれたその犬は男の方を向き、次いでラジオから流れたのは男性的な声だった。
「ご機嫌? そりゃそうさ! 仕事が終わればウキウキになるのは“人間”だっておんなじだろう?」
確かにそうだな…と思いながら男は思わず溜め息を吐く。この近くにジャームがいることを知っていたからだ。
そして案の定、グリムはふと鼻先を路地の先へ向けると「なあ……」とラジオ越しにぼそりと呟く。
「すまんなグリム。残業だ」
男もまた同じ方を見れば……、いた。異形の人型。全身が融解しながらもその内側から再生を繰り返すジャームの姿。エグザイルシンドロームだったのだろうか。もはや元の体格も性別も分からないほど溶け切って泥人形の様相を呈する“ソレ”はゆっくりをこちらの方を向き、歪んだ敵意をはっきりと示した。
「残業代は弾んでくれるんだろうな?」
グリムの言葉に男は皮肉気に笑みを浮かべてこう返す。「鮭でもなんでも好きな物を用意しよう」と。
「乗った!!」。グリムの首にかかったポータブルラジオが男へと投げ渡され、直後グリム目がけて雷が落ちる! 否、巨躯の怪物へと変貌したグリムの身体から天に目がけて稲妻が発せられたのだ。それはグリムにとっての遠吠え、鏑矢の代わりに他ならない。その姿は雷獣と評するのが恐らく最も正しいのだろう。
「かかってこないならこっちからいくぞクソッタレ! “墓所の番人《グリムキーパー》”から逃れられると思うなよ!」
――“墓所の番人《グリムキーパー》”グリム