「くそっ、くそっ、くそっ!!」
 男は悪態を吐きながら人気のない真昼の街を走り続けていた。どうして、どうしてこうなった。人間狩りをしていたはずの俺がどうして狩られる側に立っているんだ!!
 先ほどからいくら気配を探っても、男は自らを狙うハンターの姿が全く以て感知できなかった。妄想なのでは、気のせいなのでは、と都合の良い空想に逃げ込みたくなるが、頬を掠める不可視の弾丸がそれを許さない。
「だったら、周囲一帯燃やし尽くせばいいだろうがァァァ!!」
 雄たけびに呼応するかのように周辺の大気が上昇する。水は一瞬で蒸発し、生命の声は完全に途絶えていく。これこそが彼の能力。生き物を殺すことだけに特化した彼だけのエフェクト。しかし――
「っ――――」
 膝から始まる激痛に、男は床をのたうち回った。それは焦りか痛みか両方か、冷や汗が頬に出来た銃創をなぞり、その不快さに男は顔を歪めた。
「姿を現せよ卑怯者がァ!」
「あなた、もう駄目ね」
 前からゆっくりと歩み寄る影に目を向ければ、そこには自らの身長をも超える巨大なスナイパーライフルを担いだ少女の姿。のこのこと現れた彼女を見て、男は思わず鼻で笑う。隠れるだけが専売特許の狙撃手が、自ら姿を現してくれるとは!! 目の前の愚か者に対して即座にエフェクトを発動。目の前の空間が瞬時に灼熱の大気に包まれる。胸を押さえる少女の姿こそがその証左。彼女の肺は既に、レネゲイドの生命力を以てしても再生できないほどに焼き尽くされているに違いない! 膝が崩れ、流れる涙さえも蒸発し切った彼女の姿は、男が見慣れた幾人の獲物と同じ表情をして――
「気は済んだ?」
 背後から聞こえたその声を確認するまでもなく、男の意識は闇の中へと消えていった。

「ジャームの戦闘不能を確認。お疲れさまでした、エンジェルスポッター」
 端末から聞こえるオペレーターの声に、少女は表情を変えずに息を吐く。後片付けはUGNがどうにかしてくれるだろう。

 エンジェルスポッター。一対の光翼を持つ戦場の戦乙女。巨大なスナイパーライフルを用いた遠距離狙撃と、自己隠蔽能力の依る白兵戦を得意とするマルチレンジアタッカー。
 彼女が導くのは決してヴァルハラなどではない。ジャームにとっての終焉の地。理性を亡くした犠牲者たちを救う終末医療の最果て。誰であっても救いの手を差し伸べる彼女はやはり、天の使いに違いなかった。
――“天の瞳《エンジェルスポッター》”天原瞳